チンクエチェントの物語 第7回
初期の購入者の肖像
掲載日:2003年5月13日

チンクエチェント発売直後に販売店に下見に来た購入予定者のうちの一部は、自動車産業界にとってまったく新しい顧客層でした。
ほとんどのケースは、中古で購入した旧モデルのトポリーノにガタがきたので新車購入を考えていたユーザーたちでしたが、2輪車から4輪車に乗り換えようという者も少なくなかったようです。
この2輪車からの乗り換え組は、何度も販売店の前にやってきて、ショーウインドウに飾られた夢のような新車を羨まし気に眺めるのが常で、決心して店内に入るときには、乗ってきたスクーターをまるで過去に忘れてしまったかのように店前に無造作に駐車する姿があちこちで見られました。
そして、彼らの渇望に満ちた視線はチンクエチェントに釘づけになって、新車の価格を恐る恐る問うのですが、たいていの場合販売員の返答に夢がしぼんでしまうのでた。
チンクエチェントは当時の一般人には高価すぎるクルマで、どうせ買うならもう少し貯金してセイチェントを買う方が良いように思われてしまう存在でした。
販売員はあれこれの巧妙な説得力でもって2輪車と4輪車の維持経費を比較したり、月々の支払いが25,000リラから15,000リラに減少してゆく30ヵ月の分割払い制度の有利さを説明したりして、スクーター利用組の購買意欲をかきたてることに成功し、契約成立にこぎつけることも・・・。
スクーター利用組以外の新顧客層も出現しました。
18才の誕生日プレゼント、あるいは無事に高校卒業を果たしたご褒美にパパにチンクエチェントをねだる良家の御曹司たちです。
このケースの支払い方法は、大概が一括現金払い。
さらに、特に大都会圏ではセカンドカーとして購入される現象が起こりました。
そして販売が進むにつれて、チンクエチェントの顧客層は、特定の社会的タイプに一括できないほどに広がっていきました。
利用者の特徴をひとくくりで把握するのが不可能になったということは、フィアット社のこの新しい小型車が、社会階級を超えたちょっぴりシックな大衆車であったことを意味するのではないでしょうか。
実際に、チンクエチェントを一見するだけでは、そのクルマのオーナーが学生なのか、教授なのか、工場労働者なのか、それとも大型車をガレージにしまいこんで都会の交通渋滞の中を気楽に走り回っている金持ちの奥様なのかを見分けることはできません。
それだけ大勢の人に認められるクルマになっていったのです。
公式に新車が発売されて2ヵ月が過ぎてから、シャシーがカロッツェリアに出回って、シリーズ外の生産も始められました。
しかし、チンクエチェントのスタートがもうひとつであったように、こちら方面のイニシアティブも成功には至りませんでした。

購入者の幸せそうな雰囲気が伝わりますね。チンクエチェントは、きっとモダンな夢を見せてくれたんでしょうね。

*資料と写真協力=フィアット500クラブイタリア
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