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チンクエチェントの物語 第6回
将来性にあふれたチンクエチェントの出現 掲載日:2003年5月6日 1957年:2シリンダーカーの最初の第一歩 1957年7月の初めに、フィアット社は予定よりも少し遅れて自社開発の新しいミニカーを発表しました。 確かに野心に満ちた設計による想像を超えたクルマで、発表会場に馳け着けた聴衆は、ヌオヴァ・チンクエチェントが単に覆いが付けられただけのスクーターなのではなく、ちゃんとした自動車であることを自分の目で確認することができたのです。 しかしこのチンクエチェントは、多くの長所や美点が認められたのにもかかわらず、どういうわけか、当時の利用者にとってすでに当然のものとなっていた快適性を基準としたアクセサリーのいくつかに欠けていました。 まず、全部のウインドウが固定式であったということです。 さらに、唯一の開閉可能な通風用の三角窓にロックが付いていなかったので、この小窓を開けると、ハンドルを握るドライバーの指にぶつかるという不具合も・・・。 ヘッドライトの下の2つの開口部よりダンボールのダクトを通って空気が流入。 暑い季節には、車内で開閉調節できる通風口から通風して布製のルーフから逃すことができました。 これは、明らかにエコノミーな方法ですが、理想的な解決策とは言いがたかったようです。 暖房設備に関しても最良の解決法が望まれ、暖風機能は標準装備として付けられていましたが、フロントガラスのデフロスター装置はオプションで追加料金を支払わねばなりませんでした。 その頃の自動車をめぐる美的感覚は、どれだけのクロムメッキの装飾が付けられていたかにかかっていたのですが、ヌオヴァ・チンクエチェントには、クロムメッキがほとんど見られず、貧相で地味な印象に映り、当時のイタリアのドライバーが求めていたものと一致するものではありませんでした。 さらに合理的な設計に基づき、ホイールに付けられるキャップももちろんありません。 このような大衆車としての苦心の改良策も一般に理解されることなく、フィアット社が機能上まったく無意味なメタル製のピカピカのホイールキャップを装備するまで消費者の不満は続いたようです。 空冷エンジンを採用したミニタイプのこの2シリンダーカーは前例のないエコノミーカーであり、長期の分割払い制度が採用されたこともあって、資金的には一般普及は容易と計算されていました。 しかし、2人乗りに限られていたこと、最高時速がわずか85kmであったこと、さらに、前述した装備の不十分さなどが原因となって、発売当初の売れ行きは思わしいものではありませんでした。 セイチェントの発売時と違って、チンクエチェント発売直後の購入予約が好成績を上げなかったのは、発売期が7月だったせいでもあったようです。 この時期は、大概の家族が夏のバカンスのために貯蓄を回してしまうからです。 発売開始の遅れが決定的な原因となって、ほとんどの購入予定者が新車購入を見合わせてしまったのです。 多くの人々が、シリーズ生産開始以前のモデル車を購入した最初の数少ないオーナーたちの反応を見ようじゃないかと考えたわけです。 今では、ウインドウが固定式でウィンカーランプのスイッチがダッシュボードに付けられているまったくオリジナルなチンクエチェントの姿を見かけるのはきわめて珍しく、現在、コレクターの羨望の的となっているのは皮肉な感じもします。 これは、最初のシリーズ車の販売が非常に限定されていたことと、後続の改良車シリーズの生産が開まった時に、ほとんどの初期モデルのオーナーが改良車のようにモディファイしてしまったからでもあるんです。 |
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| ヌオヴァタイプのボンネット内部。ガソリンタンクがほぼスペースを埋めている為、トランク機能はほとんどない。写真上下に見える黒いホースがヌオヴァの特徴である足下に風を送り込んでくれるダクト。 | 写真上の大きなキーがヌオヴァタイプのオリジナルエンジンキー。クラシックなスタイルだ。 |
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テクニカルな特徴
NUOVA 500
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