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永遠の都・ローマにて・・・ |
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トレビの泉・・・

日本人の観光客だらけで、この写真を撮るのも、順番待ちで大変でした。
古い“地球の歩き方”を小脇に抱え、
『チョット シャッターヲ、オシテクダサイマースカ?』
と若い日本女性に話し掛けるアンドレアは、まるで、とても悪いやつのようでしたが^_^;
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ローマを歩く歩く!
バーチャルローマ:いろいろな写真が見れます。ここをクリック!
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ローマの路地は、ジェノバのより広い。 トラットリアのパスタは、どこも、とってもアルデンテで、びっくり! ジェノバに来てパスタ食べたら、ローマの人も柔らかすぎ!って思うんだろうなぁ・・・ |
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有名なスペイン広場の階段には“トリニタ デイ モンティ”という名前がありますが・・・ 私は単にスペイン階段と呼んでいたら・・・指摘される(-_-;) 私:『日本人にとっては、みんなスペイン広場のスペイン階段で判る!』 主人:『僕の日本人の生徒は、みーーんな正式名で呼んでいたよ!』 私:『・・・』 さて、皆さんは、どう呼んでおられるでしょう、この階段??? |
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階段の上の方から見下ろしたら・・・ 右手の遠方に見えるのが、サンピエトロ寺院。 |
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| ナボーナ広場は、大昔、競馬場だったんですね。映画“ベンハ−”に、そういう競馬のシーンがあったなぁと思い出しました。あいにくの雨で、屋台もまばら・・・ | ![]() |
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天井に大きく開いた穴から、雨が入って、パンテオンの内部も、びちゃびちゃでした。 | |||
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バチカン博物館
一日だけでは、絶対ムリ・・・

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システィーナ礼拝堂では・・・ ラファエッロの壁画“アテネの学校”の前で。みんな上を見ていますが、見るべきものの膨大な量と、あまりの素晴らしさに圧倒され、終いに は、腑抜けの状態になる・・・ |
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| ながーいながーい道のり・・・とにかく莫大。 一個づつ見てたら、きりないなぁ・・・と、通り行く人がみんな口にしている?! |
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このぐるぐる階段は、馬車が通れるようにこんな作りになっているんですね。 一番下にいる、うちの豆つぶ息子たち。 |
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| →ミケランジェロが一番気に入っていたというギリシャ古代の作品。 写真に写るのが嫌いな次男が、 『おかーさん、ここで撮って・・・』 とリクエスト。解る解る、よしよし(^_^) |
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四男が一番興奮した、ミイラの部屋。 | |||
| 後方にずらりと並ぶ彫刻の数々・・・ 『ここ、この模様、学校のろうかにそっくり!』 なんて言う長男。違う意味で贅沢な、イタリアの学校・・・ |
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サンピエトロ寺院にて・・・
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サンピエトロ寺院のコッポラの上からバチカン市内を眺める・・・ こんなに美しく整えられた場所が、イタリア内にあるなんて!!! なんでここだけこんなにきれい???! |
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→サンピエトロ寺院のてっぺんまで登り付いたのはいいけれど、三男の喘息が出てしまいました(*_*) 柱にはたくさんの落書きが・・・日本語のもありました。 |
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←『おかーさん、僕、高い所こわい。』 | |||
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コッポラ内、こんな狭い階段を591段上る上る・・・ 年寄り組みは、途中までエレベーターで^^; コッポラのカーブに沿って、こんなになっているのね!!! 斜めになって歩く・・・目が回りそうでした。 |
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私の・・・ローマの休日
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ローマの街は、2月に入ろうとするのに、サンタとトナカイで飾られたウィンドーがあり、サンピエトロ寺院の前の広場には、大きなクリスマスツリーも立ったままです・・・ジェノバでは、クリスマス気分も、1月6日、エピファニアの日にはなくなります。その日にクリスマスツリーやクリスマスの装飾を片付けてしまうのが普通です。ローマの人は、ジェノバの人より怠慢なのかな?なんて思っていたら、すれ違う人と人が 『Auguri!Buone Feste!!』
と挨拶するのが聴こえました。ローマでは、人々の間でもまだ、祝日を祝う期間中なんですね。
今回、ローマの何てことない道で、思い出したことが、たくさんありました。 あ、この公衆電話から、泣いて日本に電話したわ! パスポートを盗られた日、 『あんた、イタリアにお世話になってるねんから、税金払わせてもろたと思ときなさい。』 と電話口で言った母、その母も、もう居なくて、あれから19年も経ってしまったのです。
ローマの街並みはちっとも変わっていないのに、私を取り巻く状況は、がらりと変わりました。あの時は一人だったのに、今は六人です!
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